アダルト・チルドレン

今ではすっかり有名になった「アダルト・チルドレン(Adult Children、大人子ども)」。

アダルト・チルドレンとは、機能不全家族で育った子どもが、子ども時代を子どもとして生きれず、子ども(Child)なのに大人(Adult)にならざるを得なった人たちです。心の内面に、欠落感、空っぽ感、不信、無価値感、劣等感、卑小感、孤独感、居場所のなさと、万能感、コントロール(支配)やマニピュレーショ(操作)欲求を抱えているのが特徴です。

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目次

機能不全家族

家族が本来持っているはずの「ほどよい」家族機能が不全な家族のことです。

たとえば、夫が仕事中毒&アルコール依存(アル中)で不倫を繰り返す。妻は、夫のアル中が改善するようには支援せず、むしろ夫の職場についての愚痴を聞きたくないので、夫にアルコールを差し出す。そして、小学生の長男と、精神的な家庭内不倫状態になる。このとき、幼稚園生の娘は、時に精神的な、時に物理的な遺棄状態にされる。

夫婦関係は家庭内離婚状態にあって、家族は機能しない。子どもたちの精神が健やかに成長するのは困難。そうした家族が、機能不全家族です。

大人にならざるを得なかった子どもたち

子どもなのに大人にならざるを得なかったとは、どういうことでしょうか?

子どもが親の親、親のセラピスト、ヤングケアラーなどになっていたことを指します。たとえば、関係の悪い父親と母親の仲を取り持ちます。たとえば「超よい子」になって。世間的には、早熟でとてもいい子ども、きょうだいや周りの子どものお手本であったりします。

しかし、内面では「子ども時代」や「子どもらしさ」を、スッポリと抜き取られた、剥奪された、喪失した感覚、そして無能感、無力感、非力感を抱いています。また、「何クソッ」「負けるものか」という勝利、力、優越さへの強い欲求に駆られています。が、勝利、力、優越さの背景に、偽りの自己感を抱え苦しんでいます。

アダルト・チルドレンは、子ども時代に、親の親、親のセラピスト、ヤングケアラーなどに、なりたくてなったのではなく、機能不全家族の中で、そうしなければいけない精神的プレッシャー、家族や親の期待や命令にに従順でなければならない、などの状況にあったのでしょう。が、同時に、親の親、親のセラピスト、ヤングケアラーにならなければいけない、と「勝手に」感じてきた側面、そんなふうに「即断」「早計」した側面もあったのではないでしょうか?

『勝手に』と書いたのは、アダルト・チルドレンの人が、機能不全家族に「自ら」参画し、共犯関係、共依存関係になった面もあったと考えるからです。いい子になることで、家族、親、周りから心理的、物理的「報酬」を受け、それを良し、とし(てしまっ)た側面があったと仮定するためです。

大人になったアダルト・チルドレンは、かつての家族や親を、また家族や親の置かれた状況や状態を変えることはできません。なぜなら、それはすでに過ぎ去った過去のことだからです。

しかし、そこに「勝手に/自ら」加わった面があると仮定したなら、その「勝手な」認知、信念、解釈、即断、早計を変えることはできます。そうすることで、アダルト・チルドレンからの回復、改善、癒しを促せる、と考えるのです。

アダルト・チルドレンからの回復

変化した後の「認知」「信念」「解釈」「即断」「早計」とは、どのようなものでしょうか?

  • 「自分は子ども時代に子どもを生きてよかったんだ」
  • 「家族や親(の状況、状態)に、自分は利用され、搾取されてきた(側面がある)と考えていいんだ」
  • 「自分の家族は、いい家族ではなく、機能不全だったんだ」
  • 「自分は、人を信用していない。セラピストも信用できない、と思っていいんだ」
  • 「親の期待を生きなくても親は死ぬことはなかったんだ」
  • 「親は、私の金を盗んだバカヤローの、飲んだくれのアル中にすぎなかった」
  • 「児童相談所に助けを求めてよかったんだ」
  • 「自分は、親の精神的ごみ箱になりたくなかった」
  • 「甘えるなんて考えたこともなかった。甘えがわからない」
  • などなど…

「勝手な」認知、信念、解釈、即断、早計がピックアップされ、セラピーで取り扱われると、それらは「素面(しらふ)で正気の考え」に代わっていきます。すると、アダルト・チルドレンは「普通の凡人」になることができ、凡人として「自分らしく」肩の力を抜いて生きることができるようになります。

しかし。

普通になるなんて問題外

アダルト・チルドレンは、自己愛的な特別感を抱いています。ですので、「普通の凡人」になる、などと言われるとプライドが傷つき、そんなことのために有料のセラピーやカウセリングなど受けよう、と思わないかもしれません。「素面で正気」も、どうもしっくりこない言葉です。

そんなことよりも、「イケイケ、アゲアゲ」「オープン」「ハラハラ、ドキドキ」「無限の可能性」「完璧!」といった言葉の方が、自分にはピッタリくる、と感じたりします。が、それらは「酔っぱらった」気分であり、思いであり、妄想です。

アダルト・チルドレンは、もともと「アルコール依存症(酔っ払い)家族」から発見された概念です。たとえばアルコール依存の父親とそのパートナーである母親(共依存症者)とからなります。父親だけでなく母親の『精神』も、間違いなく酔っぱらっています。

そして、その子ども(であるアダルト・チルドレン)の認知、信念、解釈、即断、早計も、『酔っ払って、ゆがん』でいます。もちろん、そうでない子どももいますが、アダルト・チルドレンの「精神」は、基本、酔っています。アダルト・チルドレンの家族は、家族丸ごと酩酊状態にあります。

「酩酊状態」「共依存」については、こちらのセミナーを参考にしてください。

【この下にも「アダルト・チルドレン」の記事が続きます】

患者と決めつけられた人

アダルト・チルドレンを理解するには、家族療法の「IP(Identified Patient、患者と決めつけられた人)」の考え方が欠かせません。

東洋医学から考えましょう。あなたのお腹が悪くなったとします。西洋医学なら、悪くなったお腹に標準を合わせ、そこにピンポイントで利く薬を投与するでしょう。一方、東洋医学では、お腹の不具合は体全体の不調の表れと考え、体の「気・水・血」の流れを良くし、結果としてお腹の調子が良くなるように働きかけるでしょう。

お腹が「IP」で、体全体が「家族」です。東洋医学的には、アダルト・チルドレンを、機能不全家族全体(たとえば体全体)の「表れ」(たとえばお腹の不具合)と考えます。ですので、その癒しには、家族全体を見据えうえでの介入が求められます。家族全体が、酩酊状態から醒めるための働きかけが必要です。

大人になったアダルト・チルドレンの源家族のメンバーが、すでに亡くなっている場合は、どうしたらいいのでしょうか?

その場合は、アダルト・チルドレンの「心の中」に今でも生きている、あるいは巣食っている源家族の「イメージ」や「認知、信念、即断、早計」に働きかけます。

具体的には、IPPの心理療法(サイコセラピー、カウンセリング)、コーチング、セミナー、連続講座をご利用ください。

【この下にも「アダルト・チルドレン」の記事が続きます】

アダルト・チルドレン・セラピー

この「酩酊」さへの気づき、そしてその「酔い」を「醒ます」《技》が、「アダルト・チルドレン」セラピーの核心です。あなたは、「酩酊状態から醒めて、素面で正気になる」ために、「アダルト・チルドレン」セラピーを受けたことがありますか?

さて、アダルト・チルドレンの中には、子ども時代に子どもを「切り捨てさせられて」&「自分でも勝手に切り捨てて」、自分が機能不全の、ブッ壊れている家族をどうにかしないといけない、という誇大妄想、全能感、救済者意識を、いだいた人がたくさんいます。彼/彼女は、この家族の縁の下の力持ちになろう、自分が家族の踏み台になろう、といったけなげな犠牲者意識(と同時に)傲慢な意識に駆られています。なぜなら、小さな子どもが、機能不全の父親と母親とを救済することなど、本当は、できないからです。心が未成熟なため、そう即断、早計し、勘違い(の罠)にハマってしまうのです。

子どもは、家族や親はふがいない、頼りにならない、信用できない、という思い、幻滅感を抱いています。それは、子どもの心、自己愛、プライドの傷つきとなっています。それを、いっきょに挽回、逆転させるために、自分は子どもでも何とかしなければならない、何とかできる、絶対に何とかする、といった誇大妄想、万能感、救済者意識、パワー(力)意識を抱きます。それは、未成熟な心ゆえの脊髄反射であり、即断、即決であり、「酔っぱらった」妄想、ゆがんだ認知、信念、解釈です。

そこに働きかけるのが、「アダルト・チルドレン」セラピーです。

背景には、自分が育った機能不全家族、両親への『不信感』『幻滅』『ガッカリ』『怒り』『悲しみ』が、隠され、潜んでいます。が、そうした本音と向き合うには、苦痛が伴います。
未成熟な心には、酔っぱらった方が、どれほど楽でしょう。

セラピストとの共依存

さて、セラピーに移りましょう。アダルト・チルドレンの人とセラピーを行っていると、セラピーは、間違いなく/絶対に、クライエントとセラピストとによる共依存関係の様相を呈します。これを避けることはできません。避けることができる、と考えているセラピストがいるとしたら、そのセラピストは「万能妄想」「自己愛的な特別感/有能感」にハマって、『酔っぱらって』います。

セラピストが、クライエントとの共依存関係になること、即、悪いわけではありません。セラピストが、クライエントの内面に潜む「機能不全家族」の一員に、ならないことはないからです。が、それは、セラピスト-クライエント関係における(あくまで)イマジネーションの中での話です。イマジネーションですが、そこには、リアルな実感が伴います。セラピストは、クライエントと一緒に、クライエントの心の家族に潜む、怒り、悲しみ、喜び、病理、闇、愛、憎しみを経験します。そうしてこそ、セラピストは、クライエントの苦悩、痛み、悩み、問題を「内側」から生々しく理解できます。それが、クライエントが抱える問題の核心への共感を促します。

さて、セラピストとクライエントからなる共依存とは、「何」でしょうか?

それは、どういったものでしょう?

それを、どう理解したらいいのでしょう?

セラピストとクライエントからなる共依存は、実は、クライエント(アダルト・チルドレン)の人が、子どものときに、親との関係で経験したことの「再演」です。セラピーの場、あるいはセラピスト-クライエント関係を「舞台」に、クライエントの心の機能不全家族が、再演されるのです。

専門家の方へ

クライエントは、親は無能で当てにならないので自分が家族をどうにかしないといけない、と考えている、と述べました。アダルト・チルドレンのクライエントは頼りにできない親を信用できず、自分が場を、家族を、親をコントロールしないといけない、と思っています(きました)。

「コントロール」は「支配」であり「操作(マニピュレーション)」です。その思いを、自分とセラピストからなる関係に向けるのです。クライエントは、セラピスト-クライエント関係を、自分が何とかしなければならない、良くしなければならない、という義務妄想を無意識裡に内面で抱きます。そして、セラピーの場をコントロールしようとするのです。セラピストを上手に掌に乗せ、ころがし、喜ばせ、セラピストがご機嫌で、気分良くなるように仕向けます。かつて、親をそうしたように。

それを行うのは、クライエントの心の中の、万能感、有能(優越)感に駆られた「酔っぱらった偽りの自分」です。セラピーでは、クライエントの全能感に満ちた、自分にはコントロールできる力(パワー)がある、と勘違いした、酔っぱらった側面を見い出す必要があります。セラピストはまた、そのクライエントに支配操作され、気分が良くなるように仕組まれた関係を、見抜かなければなりません。そして、クライエントがその関係から解放され、自由になるように働きかけます。

これは、簡単ではありません。なぜなら、セラピストは、クライエントとともに、病的共依存関係の「内側」にいる当事者になっているからです。だから客観的になるのは難しい。

「内側」にいながら、病的共依存関係を見抜くには、どうすればいいのでしょうか?

もしもあなたがセラピストで、この問題を抱えている場合には、スーパーヴィジョンを活用してください。

癒しと回復、変容のために

あなたは、あなたの心にコミット(関与)し、あなたのアダルト・チルドレン的精神に内側から働きかけるセラピーにご関心がありますか?

アダルト・ チルドレン的酔っ払った精神から醒めて、素面で正気の日々の暮らしを生きること、地に足をつけてあなたらしい生活/人生を送ることに興味がありますか?

あなたは、あなたが以前受けた「アダルト・チルドレン」セラピーで、やり残したことはありませんか?
「アダルト・チルドレン」セラピーに、再チャレンジしたいと思いますか?

もし、“Yes” であれば、IPPの心理療法(サイコセラピー、カウンセリング)やコーチングをご利用ください。
あなたを精一杯支援させていただきます。