隠れ自己愛

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隠れ自己愛とは?

あなたは、「隠れ自己愛(closet/covert narcissism)」について聞いたことがありますか?
日本に大変多く、この言葉を知らないばかりに、たくさんの人が苦しんでいるパーソナリティ障害です。

アダルトチルドレン、依存症~摂食障害、アルコール依存など~、共依存、恋愛依存の中核にあるパーソナリティ障害です。「隠れ自己愛」は、パーソナリティ障害治療の第一人者で精神科医の J. マスターソンによって提唱されました。マスターソンは、境界例パーソナリティ障害(BPD)の「見捨てられ不安」ついて、実践研究したことで知られています。

「自己愛」と聞くと、「俺が俺が」や「私が女王様」といった「自己顕示的」で「尊大」な人をイメージするのではないでしょうか?

が、それは、「表(おもて)自己愛」です。

隠れ自己愛は、尊大さや優越感を「外」に出さず、「内」に隠した自己愛です。
一見、繊細だったり、内向的だったりしますが、「裏」に誇大感や優越感を秘めています。

隠れ自己愛の特徴

特徴は、一見、自己愛的、自己中心的、利己的にみえないところにあります。

「表(おもて)自己愛」が、「面(つら)の皮が厚い」としたら、「隠れ/裏(うら)自己愛」は、「薄皮」です。

そのため傷つきやすく、人を怖がり、ビクビクしています。嫌われないように、人から悪く言われないように、批判されないように、ハブられないように、周りをキョロキョロ見渡し、聞き耳を立てて、過剰適応します。だから「過敏的」自己愛とも呼ばれます。

この過敏さは「HSP(Highly Sensitive Person / とても敏感な人)」とよく間違えられますので、注意が必要です。
「隠れ自己愛」と「HSP」へのセラピー・アプローチは、とても異なります。

隠れ自己愛は、面の皮が薄く、傷つきやすく、ビクビク、ドキドキしているのに、自己愛的、自己中心的です。人を傷つけないように嫌われないようにと気を使っているのに、相手の顔色を見て空気を読んでいるのに、利己的で、共感力が乏しい。

隠れ自己愛の全体像や、HSPとの違いにご関心のある方は、次のセミナーを参考にしてください。

【この下にも「隠れ自己愛」の記事が続きます】

これらのセミナーでは、事例を通じて、具体的に学ぶことができます。
一般の方、セラピスト、カウンセラー、コーチ、コンサルタント、教員、医師、弁護士にも有益です。

隠れ自己愛の人の隠された誇大感や傲慢さを体験的に知っているのは、そのパートナー、子ども、部下の方です。なぜなら、その人たちは、隠れ自己愛の人に、暗に明にコントロールされたり、振り回されたりして、その裏側、本音、内実に日々触れてているからです。

セミナーは、隠れ自己愛の人に苦しんでいるパートナー、子ども、部下の方に、特にお勧めです。

隠れ自己愛の人は、たとえば世間体のいい毒母、普段は寡黙で、お酒が入ると人の悪口や誹謗中傷の止まらないヒステリックな父親、線が細くて少しでも恥をかかされたと感じたなら、長きにわたって恨みを持ち続けるネチネチした上司などが、その一例です。

隠れ自己愛の人との関係で心のダメージが大きい方は、セラピーをご活用ください。

隠れ自己愛は、どんな人?

(a)隠れ自己愛の人は、自己顕示欲の強い「表」自己愛の人とは真逆で、周囲の注目の的になることを、とても恐れます。「いいえ私なんて、とてもとても」と後ずさりして、身を「隠し」ます。

一見控えめですが、地位(ステータス)、学歴、経歴、資格、ブランド、出身などへの強いこだわりや優越感を「隠し」持っています。だから、食卓での話題は、「〇〇さんは、▢大学出身らしい」「〇〇さんのご主人は、部長になったそう」「どうして君は△△じゃないんだ」「あなたは▢大学へ行くのよ、お勉強しなさい」といったものになりがちです。

本人にとって、それは相手への「期待」です。
が、期待された側にとって、それは「拘束」以外の何物でもありません。

隠れ自己愛の人は、自分のパートナー、親、子ども、友人、先生、住居、学校、国が「理想的」で「特別」で、その「期待」に添わなければ、気がすみません。さもなければ、溜息を吐き、幻滅/失望し、へこみます。(注:「溜息」「場違いなあくび」「よそ見」も隠れ自己愛のサインであることが、ままあります)

そして、パートナー、親、子ども、友人、先生、住居、学校、国を悪く言い始めます。アルコールが入ると、こき下ろしは止まりません。「外」での顔と違って、「内弁慶」でDV(ドメスティック・バイオレンス)の伴うことも、ままあります。

(b)自分の得ていない学歴、資格、パートナー、ブランド、地位、名誉を持っている人を羨望し「陰」で悪く言います。

A氏は、同期入社のB氏の昇格を耳にしました。A氏はB氏を羨望し、勝手に傷つき、恥ずかしさを覚えました。A氏がC上司と夕食を共にした際、「ここだけの話」と断りながら、B氏のプライベート上の弱みをC上司に告げ口し、復讐した気持ちになっていました。

また、A氏は、B氏を避け、無視し、口を利かない、といった手段に打って出るかもしれません。隠れ自己愛の人は、「重要視」されないと、勝手に傷つき、恥をかき、居ても立ってもいられない不安を抱えるからです。

一方、B氏は、A氏と直接なにかトラブルになったわけではないので、事態を掌握できません。

A氏の行動は、自己中心的、利己的で、A氏だけでなく職場全体に悪影響を及ぼします。相手と顔を合わせてもあいさつしない、メールを送っても応答しない、電話にも出ない。これは過敏な隠れ自己愛の人に、よく見られる反応です。

近年増えた学校や職場での「巧妙ないじめ」の背景には、隠れ自己愛テーマの潜んでいることがままあります。隠れ自己愛の人は、他人の成功、地位、名誉、権力への羨望を強く抱いています。(注:隠れ自己愛の過敏さは、HSPの繊細さとは違います。ですので、先に述べた通り、セラピーのアプローチも異なります。)

隠れ自己愛の人の望み

顕示的な表(おもて)自己愛の人のように「直接」称賛されることを望みません。

しかし、「間接的」称賛は希求します。

たとえば、「あなたのご主人/妻は、素晴らしい人ですね」「お子様は優秀ですね」「あなたのお住まいは、なんて理想的なところなのでしょう」「あなたの応援しているチームが優勝しましたね。すごいですね」「あなたの先生があなたをほめていましたよ」などと言われるのは、大好きです。

自分が理想とする特別な人に承認され称賛されるために、自分の心身、家族を犠牲にしてでも、身を粉にして働く/頑張るのも、隠れ自己愛の人によく見られるパターンです。間接的称賛や理想とする相手からの承認や称賛は、隠れ自己愛の人にとって、なにより期待し、欲しいものです。

隠れ自己愛の問題点と症状

隠れ自己愛の問題点は、自分では自己愛的だと思っていないことです。むしろ自分は、人や場の雰囲気への気づかいが行き渡っていて、周り(こそ)が自分勝手だと、信じている点です。自分ぐらい人に気を使う人はいない、自分は利他的、気が利くと勘違いしていたりします。

隠れ自己愛は、男性にも女性にも大変多いのですが、例えば妻が隠れ自己愛の場合、夫も子供も、「どこかでおかしい」と感じながらも、妻(母親)を、いい妻(いい母親)と思い込んで(思い込まされて)います。自分自身にも、家族にも、周りの人にも、当人の隠れ自己愛への認識(病識)の無いのが、問題です。

症状としては、「うつ」状態にしばしば陥ります。それを、何とかするために(たとえば気分を持ち上げるために)、アルコール、ゲーム、ネット、出会い系サイトにハマったりします。ブランド物を無理して買い漁ったりして、買い物依存症に陥りもします。摂食障害、過剰適応、仕事中毒もよく見られる症状です。気分を盛り上げ、元気や明るさを装うことをします。

「うつ」ではなく「躁うつ」を患っていることも、しばしばです。気分を躁転させ、心に潜む「なにクソッー!」という思いを煽り、カード依存、カード破産に追い込まれることもあります。隠れ自己愛の人の「うつ」は、「新型うつ」に該当する場合が多い、と言われます。(注:「新型うつ」をわずらっている場合は、精神科受診をお勧めします。必要な方には、精神科をご紹介します。精神科にかかりながらのセラピーは、とても有益です。)

心を、埋めようのない「幻滅」「失望」「絶望」「劣等感」「空虚」「不当感」「憤怒」が占めています。「搾取」や「利用」される不安、恐怖から、親密な人間関係を築けません。傷つきやすく、回避的、対人恐怖的でひきこもり、内弁慶になることもままあります。

人間関係の不安定さや内閉志向から、隠れ自己愛と、対人恐怖、回避性パーソナリティ障害、スキゾイド性パーソナリティ障害とが、混同されることがあります。しかし、そこには質的違いがありますので、注意が必要です。

たとえば、隠れ自己愛の人は、自分の不安定さ、人間関係への不信感から、状況や相手を巧妙にコントロール(操作)します。どんなふうにでしょうか?よくあるのは、先回りして勝手に恩を売るような言動をして、相手に負い目を感じさせ、「No」を言わせず支配します。相手が、自分の恩に見合った返礼をしないと、傷つき、憤怒します。こうしたことを、対人恐怖、回避性、スキゾイド性の人はしません。

隠れ自己愛の癒し、回復、改善

隠れ自己愛の癒し、回復、改善には、「隠された自己愛の傷つき」への手当てが欠かせません。そこには、「恥」「屈辱感」「劣等感」が関係しています。しかし、恥や屈辱感や劣等感と取り組むのは、死ぬよりも怖く、激痛がが伴いそうです。だから、自己愛の傷、恥、屈辱感を巧妙に、上手に「隠し」ます。

隠れ自己愛の人は、セラピーでも、セラピストの顔色を読み、セラピストを巧妙に持ち上げ、セラピストの気分を良くします。トレーニングを受けていないセラピストは、セラピーがうまくいっていると勘違いします。そのために、クライエントの何気ない、ちょっとした言動の背後に、恥や屈辱感や劣等感と関連のある自己愛の傷つきを見抜くことができません。クライエントの「誰も見てくれなかった本当の私(の傷つき)を見てほしい」という切なる思いがわかりません。

セラピーでは、クライエントのセラピストに対する「特別視」や「理想化」と「幻滅」や「失望」と、取り組むことが求められます。

その理由は、隠れ自己愛の人が、幼少期における大切な人~たとえば母親~との関係で、「恥」「劣等感」「卑小感」「幻滅」「絶望」にまつわる自己愛の傷つき(トラウマ)を負っているためです。癒し、回復、改善には、恥、劣等感、卑小感、自己愛の傷つき、搾取や利用されることへの不安と、大切な人とのマイナス関係とを取り扱う必要があります。IPPでは、恥、劣等感、卑小感、自己愛の傷つき、搾取や利用されることへの不安と、大切な人との否定的関係に着目し、隠れ自己愛からの癒し、回復、改善を支援します。

無料のメールマガジンでは、隠れ自己愛その他の臨床心理学的な最新情報をお届けしています。
隠れ自己愛についてこれから学びたい方、関心を持っている方、専門家の方におすすめです。

隠れ自己愛へのセラピー

隠れ自己愛は、自己愛的、自己中心的、利己的だと述べました。が、問題は、自己愛性、自己中心性、尊大さが、「自分自身(本人)」からも隠されていることです。隠れ自己愛の人の成長、成熟、変容には、「自分自身」から隠された自己愛性、自己中心性、誇大感に光を当てて、見える化することです。そして、「自分」の自己愛性、自己中心性、尊大さに意識的(conscious)になることです。

見える化し、意識的になる過程で、あるいは意識的になれた後、自分の自己愛性、自己中心性、誇大感とのつき合い方を考えるようにします。

が、それは死ぬことより辛く、怖く、苦しい。なぜなら、自分の自己愛性、自己中心性、自分勝手さ、尊大さの「気づき」は、隠れ自己愛の人が最も恐れる「恥」「屈辱感」を(新たに)呼び起こすからです。しかし、この「恥」「屈辱感」は、『健康』な情緒です。

隠れ自己愛からの回復と癒しの第一段階は、隠れ自己愛の人が恐れる辛さ、痛み、苦しみの伴う『健康』な恥や屈辱感との取り組みです。IPPは、その点に十分に配慮しながら、隠れ自己愛のセラピーを提供しています。

あなたがセラピーを受ける場合の注意点

隠れ自己愛の人は、セラピストを特別視し、理想化します。それがかなわないと、幻滅し、落ち込みます。そうならないように、セラピストの顔入りを伺い、巧妙にセラピストの気分を良くします。そして、自分にいい答えが返ってくるのを期待します。

しかし、セラピーの本来の目的は、気分が良くなることでも、セラピストに好かれることでも、セラピストと良好な関係を持つことでもありません。セラピーとセラピストは、あなたが自己愛の傷つきから回復し、あなたの誇り、自己肯定感、尊厳を向上させるための「手段」です。セラピストの気分を害してでも、あなたは、あなたの心の真実を話す。それなくして、あなたは真の癒し、回復、改善を経験しないでしょう。

あなたが、顔色を伺わなくても、気分を良くすることをしなくても、あなたの問題に、あなたと誠実に取り組むセラピスト、カウンセラー、コーチを選んでください。

IPPでは、以前のセラピーが上手くいかなかった人のセラピーも歓迎します。

専門家の方へ

ふた昔まえまで、難しいクライエントを「境界例」とレッテルを貼ることを度々耳にしました。が、「境界」が「中間」や「間」を意味することは、あまり知られていませんでした。「境界」は「精神病」と「神経症」との「中間」や「間」を指します。そして、その「中間」には、「自己愛性パーソナリティ障害」「スキゾイド性パーソナリティ障害」「境界性パーソナリティー障害」の代表的3つのパーソナリティ障害が潜在します。その3つには質の違いがあり、それぞれアプローチを変える必要があります。

むかし「境界例」と呼ばれた大半には、自己愛性パーソナリティ障害で、そこには「隠れ自己愛」がたくさん含まれていました。この点は、今でもあまり理解されていません。

アダルト・チルドレンや共依存も、かつての「境界例」と同じように曖昧な概念です。アダルト・チルドレンや共依存と取り組むには、背後に、「自己愛性」「スキゾイド性」「境界性」のどのパーソナリティが潜んでいるのか見極めて、セラピーやコーチングを行うことが求められます。

隠れ自己愛の中核には、自己愛の傷つき(トラウマ)があります。それは、境界性パーソナリティに典型的な「見擦れられ不安」とは違って、「恥」「承認」「劣等感」「卑小感」にまつわる不安、恐怖、痛み、苦しみを伴います。

隠れ自己愛の人は、あるときはセラピストを持ち上げ、特別視し、理想化します。かと思うと、セラピストに幻滅し、失望し、期待が裏切られた、とセラピストを見下します。「持ち上げて仰ぎ見る」と「絶望し見下す」とが、ワンセットです。その全体が、クライエントーセラピスト関係の中で、「転移」と「逆転移」とを通じて、発現します。そのプロセスをどう取り扱うか、が、プロのセラピストに求められます。

隠れ自己愛は、他人を「理想化」「特別視」して「期待」を抱きます。それがかなわないと、「幻滅」し、「落胆」します。他人に影響されるところから、「共依存」と誤解されます。しかし、隠れ自己愛と共依存とは異なります。

IPPでは、試行錯誤しながら、隠れ自己愛へのより良いアプローチを、模索しています。

コンサルテーション

IPPでは、専門家向けのコンサルテーション(個別)や、ケース検討会(クローズド)を実施しています。

スーパーヴィジョン

具体的なケースを基に、より詳しく理解したい方、専門家としての力量を身に着けたい方は、個別のスーパービジョンをご活用ください。

セミナー・連続講座

先ほど紹介したものに加え、以下のセミナーや連続講座が有益です。
隠れ自己愛の理解と取り組みにご関心のある方は、ご活用ください。