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1)今から48年前に出版された『甘えの構造』。英語やドイツ語をはじめ、8か国語で翻訳され、世界中でいまも読まれている、精神科医・土居健郎の名著です。「甘えの構造」という言葉については、おそらくあなたも一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。しかし今日、この本を実際に読んだり、その中身を吟味したりする人は、少ないかもしれません。初版が出たのが、昭和46年。昭和から平成、そして令和と時代が変わっても、その中身は、まったく古さを感じさせません。
2)私たちの令和第1弾のセミナーでは、「甘えの心理療法」を取り扱います。土居が48年前に提唱した「甘え」にまつわる視座は、いま、関係療法の中でよみがえり、より一層の輝きを放っています。「甘えたい」「甘えられない」「甘えさせてもらえない」「どう甘えたらいいかわからない」これらは、心理療法の場面で繰り返し語られる言葉ですが、私たちにとって空気と同じくらい重要な「甘え」のテーマを、今回のセミナーでは、今日的な視点から、まっすぐ考えていきます。
3)土居は若かりし頃、留学したアメリカで出会った精神科医たちが、「概して、患者がもがいている状態に対して、恐ろしく鈍感である」こと、またその理由を、「彼らが、患者の隠れた<甘え>に容易に感知しないため」と明言しています。私たちは、土居の着眼点に賛同します。心理療法、コーチング、ボディワーク、ファシリテーション、コンサルティングにおいて、鈍感にならず、繊細で、かゆいところに手の届く対人援助を行うには、クライエントの水面下に潜む甘えに着目することは、不可欠だといえるでしょう。
4)土居が、日本人とイギリス人とのハーフの患者とセラピーを行っていたときのこと。ある日、その患者の母親(日本人)から、患者の生い立ちについて聞かされ、患者の幼少期のことに話が及んだとき、それまで英語で話していた母親が急に、「この子はあまり甘えませんでした」と日本語で語り、その後、すぐにまた英語に切り替えたというのです。土居が、その母親に、「なぜ、『この子はあまり甘えませんでした』ということだけ日本語で言ったのか」と聞いてみると、母親は、「これ(甘え)は英語では言えません」と答えたというのです。
5)当時、土居や彼の精神分析サークルは、甘えを、日本人や日本文化に特有なもの、英語文化圏には存在しない、存在したとしても例外的なもの、と考えていました。が、今日、関係療法が広く世界中に行き渡ったことに伴い、同様の心理現象が、文化を超えてどこにでも存在するものと理解されるようになっています。また甘えは、「自分」の基盤となる他者との関係への根本欲求と考えられています。「人間はかつて(ex.幼少期)に甘えることを経験しなければ、自分を持つことはできない」とも述べています。
6)そもそも、甘えとは何でしょうか?それは、味覚チャンネルにおける、口唇に関した経験です。赤ちゃんがお母さんのおっぱいを吸って、心地よさや安心を感じている場面を想像できるでしょうか?このとき、赤ちゃんにとって、味覚チャンネルでの快楽や安心感、つまり甘え体験は、自分を丸ごと包み込む、やさしく十全な世界体験といえるでしょう。「対象(ex.母親)と溶け合って一体化したい欲求」、「快楽をベースとした相手との想像的一体感を求める気持ち」を、<甘え欲求>といいます。これは、フロイトやロマン・ロランが「大洋的感情」と呼んだものであり、M.マーラーの「共生期」に属し、K.ウィルバーの「プレ・パーソナル」に当たります。(注:詳しくは、セミナーでお伝えします)
7)土居は、甘えを「他の人の好意をあてにしたり、それに依存したりすることのできる個人の能力および特権」と定義しました。この定義は、赤ちゃん時代以降に甘えの成功体験を積み重ねた結果、後天的に得られる能力であり、特権を指したものです。
8)さて、甘えがかなうかどうかは、相手次第です。特に、乳幼児期の甘えはそうです。甘えは、「関係」体験です。甘える側は、依存的かつ受け身的にならざるを得ません。(注:M.バリントは、これを「受け身的対象愛(passive object love)」と呼びました。それは、対象(=相手)に愛されることを求めることで、甘えと同じ概念といえるでしょう。詳しくは、セミナーでお伝えします)相手に受け身的に依存するため、甘えは、いつ、壊(さ)れても、なくなってもおかしくありません。甘えは、不安定な体験です。そのため、「甘え」は、即、「恨み」や「不信感」に反転します。恨みは、甘えの挫折に由来します。いや、(土居によると)甘えと恨みは本来未分化で混在しており、アンビバレント(両価的)な関係にあります。
9)「甘えと恨み」の系列上に、「すねる」「ひがむ」「ひねくれる」「こだわる」・・・といった感情があります。土居は、日本文化は甘えの文化であり、そのため、プラスの意味でもマイナスの意味でも、甘えに関する言葉が豊富にある、幼少期の母子関係や人間関係のテーマとの取り組みには、甘えについてよく学ぶことが、良質な臨床を保証すると考えました。日本での心理臨床には、M.クラインの「妄想-分裂ポジション」を、「ひねくれることであり、ひがむこと」と、H.コフートの「自己対象転移」を、「甘え」と、読み替えることが不可欠であるとも書いています。(注:このあたりに関しては、セミナーでわかりやすくご説明します)
10)土居は、「真に人間的な関係には甘えが内包されている」、「甘えは心と心の深い結びつきを可能にする」、「甘えは神聖(holy)で、無邪気である」などとも述べています。甘えは、1人心理学的な、心の縦次元(のみ)の神聖さやスピリチュアリティから私たちを解放し、横次元(=関係性)を加味した神聖さやスピリチュアリティについて考えるヒントを与えてくれます。あなたは、退行的な甘え(大洋感情)と、神聖さに通じる甘えの違いがわかりますか?
11)甘えは、「情緒応答性」「情動調律」「もの想い」といった繊細なやりとりや、それらの失敗による小文字の、見えにくいトラウマと密接に関係しています。これは、現代的うつ、摂食障害、アルコール依存といった嗜癖、共依存、パーソナリティ障害、強迫性障害をはじめとする各種の心のテーマと深く関連しています。情緒応答性、情動調律、もの想いを適切に行うには、関係への繊細なまなざしが不可欠です。これには、甘えの視座(パースペクティブ)が欠かせません。また甘えは、私たちのやる気、喜び、幸福感、レジリエンス(回復力)などを応援する源泉です。このセミナーでは、人間関係や「自分(作り)」の根本にかかわる甘えについて、基本から最先端までを、わかりやすくお伝えします。
甘えについてご関心のある専門家、および一般の人、初心者の人に役立てていただける内容です。たくさんのケースを交えて、あなたとご一緒に学べる機会を楽しみにしています。
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日時 ■ 2019年5月26日(日) 10:00~17:00
会場■ 都内(お申込みいただいた方に詳細をお伝えします)
費用■ メールマガジンにてご案内しております。
講師■ 富士見ユキオ・岸原千雅子